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若さの暴走!借金と転職と転落人生と

初めてサラ金に手を出したのは二十歳を少し過ぎた頃

 

 

 

当時大工見習いをしていたオレは、日給8000円という何も出来ない若僧には勿体無い額の給料を貰っていた。

 

バイクくらいしか趣味の無かったオレはわりと貯金も出来る暮らしをしていた。

 

棟梁である親父に仕事を教えてもらい、親父の大工仲間で、おのおの一人親方の3人、合計5人で、ある住宅メーカーから仕事を貰い日々を忙しく過ごしていた。

 

 

住宅メーカーの異変に気付いたのは営業担当がコロコロ変わりだしてからだった。

 

 

営業担当の給料が未払い、遅延になってたらしい。

 

当然の如く親父に支払われるはずの請負料も遅延が続き、親父は材料屋に払う金も仲間に払う金も無くなっていき、遂にはする予定の無い借金を銀行にする事になった。

 

住宅メーカーは多方面で恨みを買い、オーナーは逃亡、雇われ社長は殺され山林に遺棄された。

 

 

仕事も減ってるし、お前に払える給料も出せないから他の仕事探せ

 

 

そう言われ土木作業員になった。

 

しかし、親父とは同居してた為、支払いで頭を抱えていた親父を見捨てられず、バカなオレはサラ金から借りた金を親父に渡していた。

土木作業員の給料だと偽り。

 

 

ここで、簡単に金を借りれる事を覚えてしまったのが運の尽き。

 

それからは生活費が足りないと借りに行き、毎月利息だけを返す無駄な日々を繰り返し、限度額になると他社からまた借りという無計画な借金を繰り返していた。

 

3社目の限度額が近付いていた頃、スロットで美味しい思いをしてた友人達がオレを更なる深みに突き落とした。

 

当時は投資額が多くなっても取り返しプラスになる事が頻繁な時代で、勝った金で返済するというバカ極まりない行動をしていた。

 

でもそれも長くは続かず負けの方が多くなり、借金は減るどころか増えていき遂には限度額を迎えた。

 

平行して仕事量が一定ではない土木作業は閑散期を迎え、収入は激減した。

 

そこで割りの良い仕事を渡り歩き、ブラック企業にも捕まり、正社員として就職困難な年齢を迎える事になる。

 

goldenbat.hatenadiary.com

 

 

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今では委託業務の仕事を少ししながら、なんとかかんとか生きてます。

 

ブログ始めたのも少しでも生活の足しにしたいという下衆い考えのもとであります。

 

それでもたまたまこのブログを読んで頂いた似たような境遇の方の希望に、また、オレの失敗を反面教師にして過ちを犯さない抑止力になれば幸いです。

 

 

借金返済のプロセスなどは後程

 

 最後まで読んで頂きありがとうございました。

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